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中小企業が実践すべき人的資本経営の在り方とは? 前提となる考え方や注意すべきこと

中小企業が実践すべき人的資本経営の在り方とは? 前提となる考え方や注意すべきこと

■江夏 幾多郎(えなつ・いくたろう)
神戸大学経済経営研究所・准教授
1979年生まれ。一橋大学商学部卒業。同大学にて博士(商学)取得。名古屋大学大学院経済学研究科を経て2019年より現職。専門は人的資源管理論、雇用システム論。主著に『人事評価における「曖昧」と「納得」』(NHK出版)など。
2019年5月よりTUNAGのアドバイザーに就任

経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」の影響もあり、「人的資本経営」への注目が非常に高まっていますが、大企業で取り組みが推進されていく一方で、中小企業としてどう取り組めば良いのか悩んでいる方も多いのではないでしょうか。

人的資本経営を社内でうまく浸透させるには、「周りもやっているしとにかく何かやらなければ」と他社の取り組みをそのまま自社で実施するのではなく、一度立ち止まって「そもそも何故、人的資本経営に注目が集まっているのか」「どんなことに気をつければいいのか」を考えてみることが必要です。

今回の記事では、人的資本経営の前提となる考え方や注意すべきことについて、神戸大学で人的資源管理論や雇用システム論を研究されている江夏幾多郎先生にお話を伺いました。

人的資本という概念自体は新しいものではない

「賃金格差」「経済成長」との関連で論じられてきた人的資本

人的資本という概念は、経済学を中心に200年以上前から徐々に形作られました。同じ仕事をしている労働者間の賃金格差の背景には、教育訓練によって培われた技能や熟練、ひいては生産性の差があるのではないか。教育訓練が国の経済成長を説明するのではないか。こうした議論の中で形成されたのです。

「人的資本」という名称のもとに概念が確立し、研究が一気に進んだのが1960年ごろからです。代表的な論者の一人のゲイリー・ベッカーは、その後ノーベル経済学賞も取っています。物的資本への投資がそれを上回る収益をもたらすように、人への投資つまり教育も本人や国全体に対して収益をもたらすことを説明してきました。「コンクリートから人へ」は日本では一過性のものに終わった感がありますが、世界的には長らく政策の基本です。

「人的資源」も、「人的資本」の概念から生まれている

労働市場や企業組織における教育訓練や技能形成に関する経済学的な議論を横目に見て、経営や人事領域の研究者が人的資本に着目し出したのがこの40年くらい、1980年代あたりからですね。企業の競争力や独自性を支える人的要因として、「人的資源(human resource)」と言い換えられることが多いです。「人的資源管理」の研究や実務では、この40年ほど、経営戦略や経営状況に即しつつ、企業の競争力や収益性につながる人材投資、あるいは雇用調整のあり方が論じられてきました。人件費を削って企業の利益を稼ぎ出すだけでなく、人に投資をしてそれに対するリターンを得る、このバランスですね。

今日の先進的な人事は、人的資本という経済学の考え方を企業経営に寄せて、経営学的に捉え直した人的資源管理という考え方を大なり小なり実現させたものですし、考え方としては割と伝統的なんです。だから、「人的資本の時代へ」といったキャッチについては、学術的にも実務的にも「今更?」という部分はあります。理論も実例も多くあったのに、なぜ社会全体で実践されてこなかったのか?という問いかけ、自省が必要です。

日本企業における人への投資のこれまで

日本企業における人への投資のこれまで

経済成長期の日本企業は人に投資してきたか?

「人的資本」という言葉が今のように注目を集めるずっと以前から、日本企業ではジョブローテーションやOJTなど、いろいろな方法で従業員の技能形成のために投資をしてきました。そしてその動きは、1980年代の日本企業の競争力の背景を解明するため、アメリカを中心とした海外でも、むしろ海外で盛んに研究されました。大まかな経営方針の元で現場主導で事業を構想・運営するというスタイルの背景にあるものとして、長期雇用の中での技能形成、それを促す報酬をめぐる社員間競争が指摘されました。

ただ、投資対効果を検証する、それをもとに何にどのくらい投資するかを判断するなど、戦略的な経営判断として日本企業がやっていたかというと、あまりそうとは言えません。それぞれの職場での人員の過不足の調整のためのローテーション、一部の社員への「ご褒美」としての社内外の研修機会への派遣などといったケースも多かったんです。また、「背中を見せる=OJT」といった誤解が多かった。

バブル崩壊後、人への投資を抑えるようになった日本企業

そしてバブル崩壊後、ここ30年ほど日本企業は人材育成に投資をしなくなりました。世界的に見ても、今日の日本企業は社員の人材育成投資にコストをかけない部類です。

これは、人事として人への投資に意味がないと思って投資してこなかったのではなく、むしろ人事としては投資したいんだけれども、なかなか経営や財務が許さないとか、そういうところがまず一つあったんだと思います。人事の側として「これはいい」と思っていても、経営者や財務が「財務的な裏付けがあるのか?」と言い出したら、効果測定をしていないとなかなか説得しづらいですよね。

また、人に投資するという経営判断がされなかったのは、経営側のリスクへの姿勢というものもあったと思います。たとえ「面白そうだね」と思っていても、「でも100%じゃないんでしょう」というためらいが先立ってしまう。株主の意向を伺うようになった他にも、必要なスキルを外部調達で確保しやすくなったという側面もあるのでしょうが。

いずれにせよ、人材育成というのは5年10年どころか社員のキャリア全体を見据えて行うべきものなので、景気動向で投資額を増やしたり減らしたりというのは極力避けないといけないんですけども、日本企業は景況に過剰適応してきた可能性があります。

人的資本という概念が注目されるようになった背景

社会やテクノロジーの変化の中で、人への投資に注目が集まってきた

最近になって人的資本が注目されている背景には、「人への投資って大事だけどなかなか取り組めないよね」という迷いを、社会の変化やテクノロジーの変化が払拭しつつあることがあります。

社会の変化というのは、具体的にはESG投資とか、最近ではSDGsという言い方をしますが、要は「非財務的な指標も重要な経営指標として株主も含めた社会全体のステークホルダーに開示しよう」という社会の動きです。ISO30414という人的資本情報を開示するガイドラインも存在します。

テクノロジーでいうと、HRテックの台頭もあって、組織のさまざまなものが非財務的なものも含めて見える化できるようになり、投資対効果も測れるようになってきたということですね。もちろんその精度については今はまだ玉石混交ですが。

さらに、行政としてもいわゆる「人材版伊藤レポート」を発表したりして、こうした動きを日本に定着させようとしています。説明内容は、概念的には既に述べたような昔の議論の繰り返しの感はありますが。

だからと言って、軽視したり無視したりするのは難しいでしょう。経営学では「ネットワーク外部性」や「同型化」と言ったりしますが、こういう社会の流れに各企業で乗っかることそのものによって得られる便益があります。ブームに乗らないと、「この会社、大丈夫?」とか思われたりするわけですね。つまり、人的資本経営の合理性は、その考え方そのものに加え、「合理的だ」「よさそうじゃない?」とみんなが思ってしまっていることにも由来します。もちろん、ただ人的資本経営を名乗っていればいいわけではなく、あくまでやり方次第ではありますが。

人への投資に取り組むための前提

人への投資に取り組むための前提

施策の新陳代謝を通じた柔軟な人事

企業が変化し続けるには、人を入れ替えるか、定着した人に自己変革を継続してもらうか。人が入れ替わるんだったら、それだけで組織内の知識の構造が変わるので、別に個人として学習しなくてもいいんです。ただ、日本の雇用システムって、いい意味でも悪い意味でも人が定着しやすいので、個々人の学習、あるいは個々人の集まりとしての組織の学習が生命線になってきます。そこに、人的資本投資の必然性があります。

従来にない形で社員への投資を行おうとすると、新しい人事施策や取り組みが必要になってきます。それはもちろん大事なことですし、担当者の人事評価的にもいいのかもしれませんが、組織的には取り組みが増え続けたり、ルールが足され続けたりするのは良いこととは言えません。

「新しくこのルールを足すのであれば、これはなくそう」「これとこれは統合した方がいいな」とか、そういう新陳代謝を着実に進めるのが大事です。取り組みをどんどん足していくだけでは、柔軟に変化できる組織とは言えません。

柔軟な人事において大事になってくるのが、さまざまな施策や取り組みの間での一貫性です。新陳代謝を進める中でも、「会社ってここを目指そうとしているんだな」「社員とこんな関係を作ろうとしているんだな」というメッセージが明確でぶれない形で示されていることが、社員の安心感や納得感につながってきます。

「攻め」だけでなく「守り」を組織として評価する

会社の人事のあり方を柔軟にしていく時には、何か新しいことをやることの他に、守るべきことは守ったり、撤退するというか、無くす・減らすということも大事になります。それぞれの仕事に従事している担当者を公平に、バランスよく評価したいものです。

確かにその取り組みやルール自体は用無しになったから無くすんでしょうけど、そうすることで他の制度が生きる、社員がちょっと楽になることもあります。そういう地味な整理をする人にもちゃんと報いないと、新しい施策や取り組みばかりが数多く、しかもまとまりなく群がっているということになりかねない。

「守り」や撤退の仕事のほかにも、失敗経験の評価も工夫の余地があるかもしれません。もちろん失敗そのものに報償を与えるわけにはいきませんが、そこから何を学び、どうリカバーしたかや、経験の共有を通じて周りの失敗確率をどれだけ下げられたかについては、もし可視化できればその社員の貢献として報償を与えることもできるでしょう。

HRテックやデータとの付き合い方

データドリブンの罠に注意

テクノロジーによって投資対効果が見えやすくなってきたという話をしましたが、一方で「測定できる」と「測定すべき」は違います。とりあえず測定できるところから始めようという方向に行きやすいですが、それでは本質からずれてしまう。それがデータドリブンの怖いところです。ビッグデータを解析すると何らかの変数間関係は出るでしょうが、それが解釈不可能であったり、経営上重要なことでないなら、振り回されすぎないほうがいいです。

「なるほど」と思うような分析結果というのは、良いリサーチデザイン、つまり調査設計がなければ生まれません。良い調査設計の背景にあるのは、日頃の仕事の中での思考習慣です。調査や分析をする前に、現実味があり、かつ体系的な論理をもとに仮説を立て、それをもとに適切な手続きでデータを収集し、分析する。そういった手続きで検証していかなければ、「なるほど」という結果にはなりません。

主観データと客観データ、どちらも一長一短

HRテックでいうと、主観データと客観データどちらが良いのかという話も良くありますが、どちらにも注意すべき点があります。

主観データとは、例えば「あなたは1から10でいうとどの状態ですか」のように、ある概念に基づいて尺度を設計して答えてもらうものなので、理論的な解釈はしやすいんです。

ただ、回答にバイアスがかかる可能性もある。あとは、「会社がやれって言ってるから仕方なくやるか。8をつけておけば怒られないだろう」みたいなポリティカルなものが働いてしまっていたら、良質な分析ができなくなる。だから、主観データを取る場合には会社と個人の間の信頼関係、正直に言い合える関係性が、良質なデータのための条件になってきます。

客観データは、例えば行動データやバイタルデータなど、数値自体をある概念の代理変数として扱うものですが、「本当にその数値は概念を反映しているのか」というところが常に問われます。例えば心拍数みたいなものも、ネガティブなストレス反応としての心拍数なのか、何か新しいことをやるという高揚感での心拍数なのか、色んな解釈がありえますよね。客観データの場合には、「本当にこれってこの代理変数として使っていいの?」という部分を慎重に議論して、「いいんだ」というところに辿り着くまで、思考を重ねていかないといけません。

そういうところをないまぜにして使ってしまうと適切な解釈に辿り着かない可能性があるので、主観データだから駄目で客観データがいいと必ずしも言いきれないですし、HRテックと言えどもベースにあるのはアナログだなと思います。どちらのデータもそれなりに手順を踏まなければいけません。同じ概念を主観データと客観データの双方で捉え、整合しているかを確認するといったことも有用でしょう。

過剰なデータ依存を避ける

ただし、データ活用については、これは個人的にこれから考えていきたい部分でもあるんですが、データがないと前に進めないような働き方や経営で、そもそも良いのでしょうか。

データというのは振り返るためのツールとしてはものすごくいいのかもしれませんが、データで意思決定が縛られる、判断を全てデータに委ねてしまう、あるいはバイタリティみたいなのもデータに吸い取られてしまうとしたら、組織のためにデータを活用しているのではなくて、データに使われているだけの人や組織になってしまいそうです。

データを見ることで、「なるほどね、ここを変えたらいいんだ」と取り組むポイントがわかるのはもちろん大切ですが、そこで思考停止せず、どんな組織状態にしていきたいか、といった願望ベース、別の言い方をすると妄想ベースの取り組みも必要でしょう。

大企業先行の人的資本経営ブームの中で、中小企業がすべきこと

大企業先行の人的資本経営ブームの中で、中小企業がすべきこと

中小企業の人材活用の難しさ

今の「人的資本経営」ブームを見ていると、いつもの通り大企業先行に見えます。多くの中小企業が、どうやって取り組めば良いのかについて、大企業以上に戸惑っているのでしょう。

確かに昔から、多くの中小企業は大企業ほど雇用環境の改善に取り組めてこなかったり、人事の専門家がいなかったりしてきました。ただ、中小企業だからその辺りがおろそかになるのは仕方がない、という話ではないんですよね。結局、中小企業の人が納得できる、その期になるような人材活用のロジックをまだ政策も研究者も、人材サービス企業も作りきれてないのでしょう。これは反省しないといけないところです。

中小企業だからこその意義

中小企業こそ人への投資に向き合う意義が大きいと思っています。中小企業では大企業ほど社内の分業や業務の標準化が進んでいない分、従業員一人の能力と経営の成果が直結しやすいのではないでしょうか。

会社に対する責任も、中小企業の経営者だと結構大きい部分があると思います。特に創業家の場合には無限責任というか、任期を全うしたからそれで終わりというわけでもないですし。

会社とはどうあるべきか、社員とはどう関わるべきかみたいなことって、本来中小企業の経営者こそ真剣に考えないといけない部分があって、そういう意味でも社員とちゃんと関わるためのツールを色々試してみるのはとても大切なことだと思うんです。

中小企業ならではの利点を活かし、大事だと思ったことをちゃんとやる

それに、財務的な余裕や人事の専門家の数など、中小企業が大企業と比べて不利な点はあるでしょうけど、有利な点もあるんですよね。特に、中小企業の経営者の方が現場や社員との距離が近く、何かを始めるにしても撤退するにしても社内調整がシンプルでしょうし、社員の声も聞きやすく、メリットとデメリットの発見、効果測定もしやすいでしょう。大企業の人事担当者からすると、こういった経営者の「使い方」はできないことが多いでしょう。

中小企業は否が応でも経営と現場が近いので、そこから見えてくる「人的資本ってこうだよね」という尺度のようなものを最低限作り込んで、適宜調整していくっていうやり方がいいのかなと思います。手間や時間をかけて作り込むのはおそらく難しいと思うので、「うちの会社にとってはこういう能力とか考え方が大事だよね」というものだけ決めておく。そして、そこを目指して頑張っていくためにコミュニケーションをとっていこうという動機づけだけ作っておいて、あとは調整していく。そんな形で取り組んで行けばよいのではないでしょうか。

中小企業ならではの利点を活かし、大事だと思ったことをちゃんとやる

〜江夏先生、お話しいただきありがとうございました!〜

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